無意識という集団。

f:id:yokukokemasugana2ka:20180526014614j:plain

 

午前中書き物で午後は塗って計って切ることを延々とやる。オーナメントを作ろうと思って。完成したらここにも写真をあげます。

今朝は恐ろしい夢をみて明け方に一度目覚めて、二度寝したらまた別の嫌な感じの夢をみた。

一個目のやつはもう本当に切くて、叫びそうになった。ある人が何故だかすごく辛い運命を受け入れざるを得ない状況になっていて、彼はそれを受け入れるのだけれど、その受け入れ方が、淡々というのかな、粛々というのかな。諦めているというのとも違って、どこかすてばちみたいにもなっているのだけれども、なんというのかこう、そうせざるを得ないのであればちゃっちゃと済ませようよ、みたいな、うまく説明できないけれどそのような顔と声と言葉で運命を受け入れていく過程とその後を私はただ何もできずに見ていたのだった。

彼に恐ろしいことをさせる男はみたこともない男だったけれど、彼が受け入れ終わったあと、夢の中の私はその男を殺してやりたいと思っていた。他の誰も手を出すな。私が殺すんだと思っていた。そういうふうに思ったのが恐ろしかったり切なかったりしたのではなくて、やはり運命を受け入れた彼の、そのなにもかもが切なく、運命をあんなふうに受け入れざるを得ないということがとても恐ろしかったのだ。そういう立場に突然に立たされるということが。

書いていてもよくわからないけれど、きっと呼んでいる人もよくわからないのだろうな。

その夢は今日一日中私にへばりついていて、その彼は友人だから、電話してみようかとも思ったのだけれど、電話をして声を聞いたら泣いてしまいそうだし、それになにを言えばいいのかもよくわからなくて、無事か? とか、生きてる? とかも違うし、もっとこう前向きな言葉を伝えたいと思って、大丈夫だよ、この先もずっとあんたは幸せ! みたいなやつなんだけど、そんなんなんの根拠もないのであって、でも絶対的に保証してやりたいくらいの意気込みだけが膨らんでいって、そういう時はだいたい電話口で泣いたりしてしまうから、から回ってしまうから自粛。

しかし夢というのは、そこに登場する人物の選別などは、誰がどのようにやっているのだろう。よく聞くのは、夢は脳の混乱を整理するためにみる説だけれど、実際はどうなんだろうね。全然知らん人とか、全然知らんテレビ番組とか、現実では思いつきもしなかったアイデアとか、そんな事態ははじめてですわ、というようなことまで夢になればすらすらと流れるから不思議。

誰がどのようにって自分が、脳が、なんかしらこうしているんだろうけど無意識に。でもね、無意識の世界なんかもう自分の中から外に出ていますでしょう。自分の中にはないんじゃないかしら。だって無意識だもの。自分でどうにかできるテリトリーから一歩も二歩も離れていそう。「無意識」って名前の集団がどこかにあって、そこから気まぐれにぽーんぽーんとボールみたいな言動が投げられてくるのじゃないかしら。私らはみんな、それに振り回されるようなシステムになっているのじゃないかしら。